庭から桜の街路樹が見える。
まだ満開の少し前か?
既に満開の樹もあるが、花は未だ散っていない。
近場も遠くも、紛争の種だらけだが、整序されて起こっているわけでもなく、watchingするほかない。
生きているというのは、こういうポテンシャルの維持を確保することの謂であり、税金のようなものだ。
今もYoutubeでマスコミの絶対取り上げないネタに耳を傾けているが、こういう作業で花占いを続けるほかない。
ネットを覗いていると、ちょいとした知己があんなことしてるという情報に遭遇する。
三つ子の魂かなと思ったりする。
他人様から見れば、こちらもさも同じで、云うこともなし。
この地の五月は春真っ盛り。
一日一日を生きるほかないものの、せめて月単位、季節単位のパースペクティブもあらまほし。
少しはそう思いながら生きてみたいものだ。
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