2015年7月30日木曜日

どっちでもいいけど~♪

師匠の常套句は、「どっちでもいいんやけど」。

ホンマはどっちでもいいことない。
せやから一応真剣に考えたり行動するわけやが、、、、。

セミナーでは、学生諸氏には、どっちでもいいどころか、これがわし、師匠の世界や、どうや君ら?って感じだが、ベースに自己猜疑、非決定論のどっちでもいいを置くは、わが惹かれどころのひとつである。

小生も出処には意見開陳を求められ、まあ師匠のソクラテスメソッドのかけら程度のアシストはできていそう。
学生さんのアハ顔を見ると、ちょいとハッピーである。

ところで、話はセミナーから外れ、行き来のエピソード記。
ある駅で、奇矯な声を発する人士の登場をみた。
格好は中年のサラリーマン風だが、一見すると尋常でない。
奇声とともに電車に乗り込み、ジャンクションに立つ。
耳に指を入れ、あたかも幻聴や妄想と戦っているかの様子を示すが、全身はチックっぽいハイピッチなペースの不随意運動を示す。
ときどき何かと葛藤しつつあるようなショートフレイズを間欠的に吐く。

周囲は尋常でないことを感知しているだろうが、都会ではよくあることの図か。
表現型としてはしかと。
数駅をこのような態を示し、メインターミナルで降りて行った。
このような道程をルチーンにしてるらしい雰囲気は読み取れた。

このような発達障害を抱えて日々の葛藤にギリギリを生きておられる方は少なくないだろうが、これはまだ症状を露呈しているからわかる。
世には、先般の新幹線自爆テロや、当地の高齢者放火事件など、簡単に外からは見えない閾値越え事象があふれている。
これらは、今回遭遇した電車内の事象と違って、見えない。
これらを単に治安対策などというレベルでなくケアしていくのが、この時代の課題と思う。

話は二転。
帰宅後、わんこらと炎天下散歩。
限度超えると、死ぬ。
ボクシングのラウンド形式で、ギリギリのエネルギー放出にトライする。
ギリギリ無事帰還。
ぽにょこ姫の成長にわが相好は崩れんばかり。
自己規定は、やはりわんこの調教師。
あとは、寺子屋門弟、経営コンサルタント、評論家、有象無象でまとめて曖昧屋でよし。

月末週末もそこそこハッピーこそ至福というべし。

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