偶然BGMにしていたyoutubeに、石原慎太郎と堺屋太一がBSフジで並んでいる最近のアーカイブが出てきたので、耳を傾けた。
東京オリンピックを中心に、過去の東京オリンピックのepisode、そこから社会変化、政治、文明論と面白い論が展開してゆく。
ここ半世紀で文明はおおいなる「進化」を遂げたが、それがありがたいことかどうか?
ITによる管理社会化が究極化しているばかりで、少々野放図にやってもいいじゃないかという余裕がなくなり、沈香も焚かずなんとやらで、生物、動物として生まれてきた醍醐味に乏しい。
こんな前振りで、こんにちは~♪こんにちは~♪の話。
Olympicの話を続けるわけではない。
機械による管理との付き合いかたである。
SNS、closedなメルマガ、その他いろいろID、パスワードで誰何される。
machineも性格いろいろ、働きいろいろで、いままでパスワード覚えていて自動で入れていたのに、急に入れろなどという回も出てくる。
そうなると、機械によるsystem管理がなされている大審問官様のcheck、検閲をまさに上手くパスせねばならない。
これがマーフィーの法則で、うまくいかずゴテることが多い。
そうなると、一からやりなおし、下手するとpurge、永久追放となったりする。
ネットバンキングなんぞは、自分の預金をしっかり守ってくれているんだと思い、紙媒体で書類を出し直せと言われても素直に応じ、この預金を貴重情報やプライバシーと読み替えればSNS等も同じではあるものの、面倒なことよとゴチることが少なくない。
短時間に焦って再設定のために、ハイパーアクティブとsystemにお目付けされると、よけいドツボにはまるので、そういうときは暫く干す。
system様の疑惑や勘気が解けたら、おずおずと再挑戦する。
堅気としては、そうするほかなし。
斯くして、口ずさむのは、こんにちは~♪の次は、だってしょうがないじゃない~♪ってことになりまする~♪
2015年9月30日水曜日
2015年9月29日火曜日
散るぞ哀しき
単なるネット知己ではない。
彼のblogを読み、そのうちやり取りが始まり、実際に呑み、歌った。
真面目に生活から社会、天下国家、出自まで、特にこれ以上に根掘り葉掘り聞いておかないとと焦らない程度に、わずかのリアル機会だったが共有の時間を持ったこともある。
彼の写真を拝見した。
眼に入れても痛くない愛嬢の写真。
僕がぽにょ子を猫可愛がるように、デレデレ。
ここで話は飛躍する。
散るぞ哀しき。
漢字はちょい替えた。
解説は細かくしない。
詳細は、梯久美子さんの「散るぞ悲しき」を読んでいただきたい。
実に家族に情の厚い指揮官が、大本営の馬鹿どもがと思いつつ、命を懸けて闘って、マッカーサーにも、クリント・イーストウッドにも、梯さんにも、青山さんにも、総理にも、ただものでない至誠と感動させた足跡が、いまの硫黄島に残っている。
この時期ゆえ、心ある人々に読んでいただきたい。
彼のblogを読み、そのうちやり取りが始まり、実際に呑み、歌った。
真面目に生活から社会、天下国家、出自まで、特にこれ以上に根掘り葉掘り聞いておかないとと焦らない程度に、わずかのリアル機会だったが共有の時間を持ったこともある。
彼の写真を拝見した。
眼に入れても痛くない愛嬢の写真。
僕がぽにょ子を猫可愛がるように、デレデレ。
ここで話は飛躍する。
散るぞ哀しき。
漢字はちょい替えた。
解説は細かくしない。
詳細は、梯久美子さんの「散るぞ悲しき」を読んでいただきたい。
実に家族に情の厚い指揮官が、大本営の馬鹿どもがと思いつつ、命を懸けて闘って、マッカーサーにも、クリント・イーストウッドにも、梯さんにも、青山さんにも、総理にも、ただものでない至誠と感動させた足跡が、いまの硫黄島に残っている。
この時期ゆえ、心ある人々に読んでいただきたい。
ムーンフェイス
スーパームーンらしい。
初耳だったので、らしいにとどまる。
小学校高学年で日の出の観測を女先生に命じられ、sketchや角度の測定をした頃で、天文とのお付きあいはほぼ終わった。
高校で地学を教わったが、多分興味が乏しかったのだろう、微々たる知識を得ただけで終わった。
ということで、今日もにわか天文ファンにもならず、ウロウロしたりはしない。
たまに、月や太陽を意識したときは、チラッと目をやり、天空に想いを馳せる。
今日も月は拝んでいないが、不思議は感じている。
スーパームーンであれ、オーディナリームーンであれ、月は結構でっかく見える。
ところが、地球をサッカーボールにたとえて、月との距離や大きさで比例させ、自分の元にサッカーボールを置くと、月は遥に遠く小さすぎて見えない。
そんな、遠さ、大小なのに、天空ではあんなに大きく見えるのか?
天文学、物理学、数学、生理学に精通しているご仁に遭遇できたら聞いてみたいと思っているが、死ぬまでに会えそうな予感はない。
こういう俗人的疑問は、実は非常に重要である。
今日はドクター師匠の講義を若いひとと肩を並べて聞いたのだが、学生さんに振られたここに座っていて東西南北はどっちとどっちだのご下問。
地頭偏差値の悪くない学生諸氏にも、勘のいいのと悪いのと、当たるのと外れるのvariety豊か。
実は、これは大事。
実務家で、これを間違えると危ない。
わが方向感覚も鈍く間違えやすいが、ひとつだけ自信のあることがある。
それはその弱みの自己認識が身に染みていること。
したがって、必ず逆張り、ポートフォリオ、確実なディテクションも加味するから、そう大きな間違いにはまってしまわない。
話は、勘の話に流れたが、SNSでの話題。
あるドクターが、健診で肺がん疑いのご婦人の相談に乗った話題。
そのご婦人は、2枚の写真を見た某Drから、2枚は人違いで云々と説明をうけたという。
相談をうけた書き込み先生は、この写真を加工して、スーパーインポーズして、同一性を検証したという。
この記事に、わがネット「友達」の健診専門医は、コメントで、健診領域でも複数の写真を差分解析して、変化を分析する専門手法があることを紹介していた。
教授が、いくら学生さんに東西南北の見極めの重要性を説いても、勘は間違う。
そういうときに磁石やGPSは便利で重要だ。
もちろん、機械も誤作動誤表示があるから、勘が鈍くてよいわけではない。
スーパームーンのように福々しいお顔の方に遭遇して、これが生まれついてか、この頃急に健啖家になったのか、あるいは病気や服薬でいわゆるムーンフェイスになったのか、いちげんさんではわからない。
過去現在の写真を比べたり、スーパーインポーズして、骨の形も変わっていないか、ボロボロになってないかなどの検討も必要になってくる。
月を想い、丸顔への連想に進んだ今日のミニ回想記。
初耳だったので、らしいにとどまる。
小学校高学年で日の出の観測を女先生に命じられ、sketchや角度の測定をした頃で、天文とのお付きあいはほぼ終わった。
高校で地学を教わったが、多分興味が乏しかったのだろう、微々たる知識を得ただけで終わった。
ということで、今日もにわか天文ファンにもならず、ウロウロしたりはしない。
たまに、月や太陽を意識したときは、チラッと目をやり、天空に想いを馳せる。
今日も月は拝んでいないが、不思議は感じている。
スーパームーンであれ、オーディナリームーンであれ、月は結構でっかく見える。
ところが、地球をサッカーボールにたとえて、月との距離や大きさで比例させ、自分の元にサッカーボールを置くと、月は遥に遠く小さすぎて見えない。
そんな、遠さ、大小なのに、天空ではあんなに大きく見えるのか?
天文学、物理学、数学、生理学に精通しているご仁に遭遇できたら聞いてみたいと思っているが、死ぬまでに会えそうな予感はない。
こういう俗人的疑問は、実は非常に重要である。
今日はドクター師匠の講義を若いひとと肩を並べて聞いたのだが、学生さんに振られたここに座っていて東西南北はどっちとどっちだのご下問。
地頭偏差値の悪くない学生諸氏にも、勘のいいのと悪いのと、当たるのと外れるのvariety豊か。
実は、これは大事。
実務家で、これを間違えると危ない。
わが方向感覚も鈍く間違えやすいが、ひとつだけ自信のあることがある。
それはその弱みの自己認識が身に染みていること。
したがって、必ず逆張り、ポートフォリオ、確実なディテクションも加味するから、そう大きな間違いにはまってしまわない。
話は、勘の話に流れたが、SNSでの話題。
あるドクターが、健診で肺がん疑いのご婦人の相談に乗った話題。
そのご婦人は、2枚の写真を見た某Drから、2枚は人違いで云々と説明をうけたという。
相談をうけた書き込み先生は、この写真を加工して、スーパーインポーズして、同一性を検証したという。
この記事に、わがネット「友達」の健診専門医は、コメントで、健診領域でも複数の写真を差分解析して、変化を分析する専門手法があることを紹介していた。
教授が、いくら学生さんに東西南北の見極めの重要性を説いても、勘は間違う。
そういうときに磁石やGPSは便利で重要だ。
もちろん、機械も誤作動誤表示があるから、勘が鈍くてよいわけではない。
スーパームーンのように福々しいお顔の方に遭遇して、これが生まれついてか、この頃急に健啖家になったのか、あるいは病気や服薬でいわゆるムーンフェイスになったのか、いちげんさんではわからない。
過去現在の写真を比べたり、スーパーインポーズして、骨の形も変わっていないか、ボロボロになってないかなどの検討も必要になってくる。
月を想い、丸顔への連想に進んだ今日のミニ回想記。
2015年9月28日月曜日
秋の味
外回りの帰りに寄ったスーパーで、日頃はあまり手のでない果物を購入した。
秋たけなわで、特にセールなどと銘打っていないが、実にjuicyそうな柿、梨、りんごなどが並ぶ。
思わず手に取り、カゴに入れた。
旬の瑞々しさとリーゾナブルなお値段。
やはり季節に沿ったライフスタイルがいい。
午前中の雷鳴と窓を叩きわりそうな驟雨も極々短時間で終わり、午後は秋色の庭遊びに興じることができた。
繁茂していた野草も疎らとなり、色も落ち着いた秋色である。
そろそろ冬支度が気になるお彼岸過ぎ。
秋のたわわな果物を並べて眺めている。
さて、果物はオブジェとして眺めるのもいいが、難しいのはお魚。
置いておけば生臭く、焼けば煙が大変。
最近は、そういうネックに対応する調理小物も出ている。
下ごしらえ、タイムキーピング、その他すこし面倒でも、気をつかえば、ひと手間ふた手間を惜しまなければ、まさに上手く料理できる。
あるジャンルで、己を猿と見定めれば、毛の二、三本ずつでも増やしていけば、知らぬ間にまずまずフサフサしてくる。
自分でいただくのだから、下手の横好きでも、好きこそものの上手なれでも、毀誉褒貶は特に気にしなくともよい。
BGMにしているyoutubeでは、旬を過ぎた古老の司会で、すでに成立した立法談義。
化石化したMCに、常識派を第五列らが挑発、おしゃまにプロパガンダする構図。
ある程度のリテラシーあれば、ちゃんちゃらおかしい小田原評定ではあるものの、これが我が国のいま、もしかしたら伝統かもしれぬところが切ない。
切なくとも、秋のメランコリーに親和性も持たず、まずまずの積極的ニヒリズムに身を委ねられているhappiness。
久しぶりに交流した身近な先に送り状の説明書でもメールしようか。
秋たけなわで、特にセールなどと銘打っていないが、実にjuicyそうな柿、梨、りんごなどが並ぶ。
思わず手に取り、カゴに入れた。
旬の瑞々しさとリーゾナブルなお値段。
やはり季節に沿ったライフスタイルがいい。
午前中の雷鳴と窓を叩きわりそうな驟雨も極々短時間で終わり、午後は秋色の庭遊びに興じることができた。
繁茂していた野草も疎らとなり、色も落ち着いた秋色である。
そろそろ冬支度が気になるお彼岸過ぎ。
秋のたわわな果物を並べて眺めている。
さて、果物はオブジェとして眺めるのもいいが、難しいのはお魚。
置いておけば生臭く、焼けば煙が大変。
最近は、そういうネックに対応する調理小物も出ている。
下ごしらえ、タイムキーピング、その他すこし面倒でも、気をつかえば、ひと手間ふた手間を惜しまなければ、まさに上手く料理できる。
あるジャンルで、己を猿と見定めれば、毛の二、三本ずつでも増やしていけば、知らぬ間にまずまずフサフサしてくる。
自分でいただくのだから、下手の横好きでも、好きこそものの上手なれでも、毀誉褒貶は特に気にしなくともよい。
BGMにしているyoutubeでは、旬を過ぎた古老の司会で、すでに成立した立法談義。
化石化したMCに、常識派を第五列らが挑発、おしゃまにプロパガンダする構図。
ある程度のリテラシーあれば、ちゃんちゃらおかしい小田原評定ではあるものの、これが我が国のいま、もしかしたら伝統かもしれぬところが切ない。
切なくとも、秋のメランコリーに親和性も持たず、まずまずの積極的ニヒリズムに身を委ねられているhappiness。
久しぶりに交流した身近な先に送り状の説明書でもメールしようか。
2015年9月27日日曜日
お庭でピョコピョコかくれんぼ~♪
母親役がえらく吠える。
何か異変があったかと耳を澄ませるが特に異状は感知せず。
しばらくでおさまった。
何十分かすると兄貴分がドアのそばでソワソワ。
ちょうど部屋を出る用事ができたので、ドアをあけると、末っ子のお転婆がポーカーフェイスで入ってくる。
何かの機会に部屋の外に出て、るんるん一人遊びしていたよう。
お転婆だけでなく、肝も太い。
もって生まれた素因か、末っ子で育った短いながらも生育歴によるものか。
そんなことは誰にもわからないが、こういう性格の子との遭遇ははじめてだ。
なかなかhappy。
こういうほのぼの前振りの後で、無粋な話だが、ストラグルの話。
著名法人と著名幹部の懲戒解雇問題。
ともに個性の強い当事者の、単なる労働問題でもない、ヘゲモニーの握り合い色の強いという意味では広義の「政治性」を帯有する少々変わった事件である。
ここで個別具体的に論評する立場でないので、別の視点からの言及。
それはなにかというと、「ナンバー2は必ず消される」。
母校の政治思想史の教授であられた勝田吉太郎先生が、「諸君」に書かれた論文の表題。
手短にいうと、ナンバー2は必ずトップの目障りで、忌憚に触れ、路線闘争等々でトップにpurgeされるという内容。
確かに、最近でも北朝鮮の青年領主様のおじさんが壮絶な処刑されたといわれる事例があった。
毛沢東の側近周恩来のように無難に天寿を全うする例は、共産主義国家などでは稀有といっていいだろう。
切る方も楽でない。
ヒトラーも暗殺未遂は一桁ではすまなかった。
ナンバー2でもpurgeされるくらいだから、しもじもだってアンチパシーは醸成される。
習近平氏も政敵の暗殺に非常に警戒的に動いている話が飛び交っている。
個人がクーデター的に暗殺されるだけでなく、国家や組織の崩壊の危機ともなる。
今回の懲戒解雇事件も、プロファイリングする材料は、いずれと思わせる形でずいぶん広がっていたが、人生も、組織も、まさかの坂はどこにでもある。
決めつけずに見ないとわからないこと多々である。
何か異変があったかと耳を澄ませるが特に異状は感知せず。
しばらくでおさまった。
何十分かすると兄貴分がドアのそばでソワソワ。
ちょうど部屋を出る用事ができたので、ドアをあけると、末っ子のお転婆がポーカーフェイスで入ってくる。
何かの機会に部屋の外に出て、るんるん一人遊びしていたよう。
お転婆だけでなく、肝も太い。
もって生まれた素因か、末っ子で育った短いながらも生育歴によるものか。
そんなことは誰にもわからないが、こういう性格の子との遭遇ははじめてだ。
なかなかhappy。
こういうほのぼの前振りの後で、無粋な話だが、ストラグルの話。
著名法人と著名幹部の懲戒解雇問題。
ともに個性の強い当事者の、単なる労働問題でもない、ヘゲモニーの握り合い色の強いという意味では広義の「政治性」を帯有する少々変わった事件である。
ここで個別具体的に論評する立場でないので、別の視点からの言及。
それはなにかというと、「ナンバー2は必ず消される」。
母校の政治思想史の教授であられた勝田吉太郎先生が、「諸君」に書かれた論文の表題。
手短にいうと、ナンバー2は必ずトップの目障りで、忌憚に触れ、路線闘争等々でトップにpurgeされるという内容。
確かに、最近でも北朝鮮の青年領主様のおじさんが壮絶な処刑されたといわれる事例があった。
毛沢東の側近周恩来のように無難に天寿を全うする例は、共産主義国家などでは稀有といっていいだろう。
切る方も楽でない。
ヒトラーも暗殺未遂は一桁ではすまなかった。
ナンバー2でもpurgeされるくらいだから、しもじもだってアンチパシーは醸成される。
習近平氏も政敵の暗殺に非常に警戒的に動いている話が飛び交っている。
個人がクーデター的に暗殺されるだけでなく、国家や組織の崩壊の危機ともなる。
今回の懲戒解雇事件も、プロファイリングする材料は、いずれと思わせる形でずいぶん広がっていたが、人生も、組織も、まさかの坂はどこにでもある。
決めつけずに見ないとわからないこと多々である。
2015年9月26日土曜日
今日気がついたこと~♪
伊集院光氏の「深夜の馬鹿力」は、翌日のyoutubeで必ず聴いている。
ライブにも聴こうと思えば聴けるが、楽曲のカットでコンパクトにトリミングされ、stopやrefrainが可能な翌日アーカイブが助かる。
冒頭に、「今週気がついたこと」を開陳してくださるのだが、落語家出身、コラムニストも巧みにこなす芸人、実に面白い。
ドロップアウター、鬱親和的なキャリアをバネにしているだけに、自己諧謔を駆使するユーモアとペーソスが小気味よい。
それが毎回小旅行記や趣味実践譚などの形で語られるわけだが、ご本人の乗っかっておられる業界の事情も、辛口にリビールできるギリギリでいじることも少なくなく、教えられるところも多い。
わがキャリアは、このような芸能に欠けるはもちろん、守秘義務その他でアンタッチャブルなことも多く、なかなかこのような手法で語ることは困難である。
まあ、それでも、今日気づいたこと~♪を語ろう。
虚空に吠えるような部分、trafficが多くて翻弄されるようなネットライフスタイルから解放されて、非常にカンファタブル。
リアルライフも、関係者と腹蔵ない意見交換がしたいと温めておいたQ&Aもやっとというか、タイミングよく解決し、ずいぶんとスッキリした。
やはり、隠忍自重がばっちり効いたと思う瞬間は自分史へのボーナスである。
さて、以上を少し長めのイントロにして今日気がついたこと。
SNSの数少ない「友達」の書き込みは、特にない。
これがいい。
両名とも恙無くやっておられると推測。
そのお一人がコメントしている結構有名なprofessorが、病名は定かではないが、入院とか。
少壮でクレバーな研究者であっても、歳を重ねれば生老病はshiftしていく。
自分で書き込める位だから、状態はそれほど悪くなくラッキーのうちなんだろうが、ここが各人、組織、社会、国家の妙。
むやみに不安症強迫症に陥ってもつまらぬが、やはり自他ともに仏陀の慧眼はアプリシエイトしておいた方がいいと推奨したい。
まさかの坂は、実はそれほどまさかでないことも少なくない。
本人が気がつかないというか、気がつきたくないために。
病気も偶然、必然いろいろと議論はできるが、個人的にも、集団的にもプロファイリングはできる。
異様にダボ、雑食健啖、多重人格的でギラギラ、平気でタカろうとする、何事にも浅く丸見え。
個人的にも、集団的にも、聞きしに勝る怪異醜悪さ。
実際に不思議と思いつつ温存してきた疑問符が、ジグソーパズルの完成でしっかりと理解できた。
まあ、彼らのような部分、別の形で己の中にありとも思えど、絶対にああはならぬという自己認識も再々自己問答するが、まああんな感じにはならないな。
他山の石。
さて、あらまほしは、ほのぼの話題。
お忙しそうな「友達」武人は、子煩悩。
自分の若かりし頃を思い出す。
ふたまわり目のわがコッコは、人間ではないが、幼弱個体というのは普遍的に可愛いと思う。
自分には稀薄になったエランビタール、生の躍動が伝わってくる。
これがいい。
一瞬一瞬が新しい今へのチャレンジであり、学習である。
もうこういう形での己の生はないという自覚と、ただひたすら新を味わうコッコらをかわいく思う想いが交錯する。
実にhappy。
ライブにも聴こうと思えば聴けるが、楽曲のカットでコンパクトにトリミングされ、stopやrefrainが可能な翌日アーカイブが助かる。
冒頭に、「今週気がついたこと」を開陳してくださるのだが、落語家出身、コラムニストも巧みにこなす芸人、実に面白い。
ドロップアウター、鬱親和的なキャリアをバネにしているだけに、自己諧謔を駆使するユーモアとペーソスが小気味よい。
それが毎回小旅行記や趣味実践譚などの形で語られるわけだが、ご本人の乗っかっておられる業界の事情も、辛口にリビールできるギリギリでいじることも少なくなく、教えられるところも多い。
わがキャリアは、このような芸能に欠けるはもちろん、守秘義務その他でアンタッチャブルなことも多く、なかなかこのような手法で語ることは困難である。
まあ、それでも、今日気づいたこと~♪を語ろう。
虚空に吠えるような部分、trafficが多くて翻弄されるようなネットライフスタイルから解放されて、非常にカンファタブル。
リアルライフも、関係者と腹蔵ない意見交換がしたいと温めておいたQ&Aもやっとというか、タイミングよく解決し、ずいぶんとスッキリした。
やはり、隠忍自重がばっちり効いたと思う瞬間は自分史へのボーナスである。
さて、以上を少し長めのイントロにして今日気がついたこと。
SNSの数少ない「友達」の書き込みは、特にない。
これがいい。
両名とも恙無くやっておられると推測。
そのお一人がコメントしている結構有名なprofessorが、病名は定かではないが、入院とか。
少壮でクレバーな研究者であっても、歳を重ねれば生老病はshiftしていく。
自分で書き込める位だから、状態はそれほど悪くなくラッキーのうちなんだろうが、ここが各人、組織、社会、国家の妙。
むやみに不安症強迫症に陥ってもつまらぬが、やはり自他ともに仏陀の慧眼はアプリシエイトしておいた方がいいと推奨したい。
まさかの坂は、実はそれほどまさかでないことも少なくない。
本人が気がつかないというか、気がつきたくないために。
病気も偶然、必然いろいろと議論はできるが、個人的にも、集団的にもプロファイリングはできる。
異様にダボ、雑食健啖、多重人格的でギラギラ、平気でタカろうとする、何事にも浅く丸見え。
個人的にも、集団的にも、聞きしに勝る怪異醜悪さ。
実際に不思議と思いつつ温存してきた疑問符が、ジグソーパズルの完成でしっかりと理解できた。
まあ、彼らのような部分、別の形で己の中にありとも思えど、絶対にああはならぬという自己認識も再々自己問答するが、まああんな感じにはならないな。
他山の石。
さて、あらまほしは、ほのぼの話題。
お忙しそうな「友達」武人は、子煩悩。
自分の若かりし頃を思い出す。
ふたまわり目のわがコッコは、人間ではないが、幼弱個体というのは普遍的に可愛いと思う。
自分には稀薄になったエランビタール、生の躍動が伝わってくる。
これがいい。
一瞬一瞬が新しい今へのチャレンジであり、学習である。
もうこういう形での己の生はないという自覚と、ただひたすら新を味わうコッコらをかわいく思う想いが交錯する。
実にhappy。
2015年9月25日金曜日
let it be~♪
ネットへのスタンスを変えたお陰で、ずいぶんと動きがスムースになった。
ここに列挙してみると次のようなこと。
第1に、trafficを良質なものにsaveすることで、読みやすくわかりやすくなった。
かかる時間というか、アプリシエイトする時間は変わらないが、焦点をしぼると不本意な関与、無駄なstressが減る。
第2に、間口を狭くして、かつ深くあるいは広く浅く渉猟してみると有り体のところにバチっとはまる。
今回の新機軸に至ったepisodeも、そこそこの伏線があって、従前からどうも違うというテイストが続き、閾値に達して一気に排膿というパターンで成る程に至ったのだが、反省点は少なくない。
セクトカルトごろつきはどこにでもいて、その違和感を解消するためにぶつかり稽古するのも悪くないが、リスク、時間、手間、無駄を考えれば、さっさと情報収集してしまえばまあ間違いのないだろうの俯瞰図虫瞰図を得ることができる。
今回も某板でどういうわきかたをしている人間関係かと見れば、ずばりこりゃおぞましいと一目瞭然だが、自分の五感第六感で当ててみたいという志向がチョイと災いしたかも。
勿論、こうは思えど、二次情報よりも、自らの生の体験が貴重で全てに省力発想するのは、実に危険とも思っている。
第3に、ネットだけでなく、何についても、じっくり考え、あるいは手足を動かして一時はすっかり忘れないと、アディクション的に振り回されるは、表層的なあるいは教条的な思い込みに苛まれる危険が大。
昨日縁切れしたご仁にも、そういう違和感を深めたが、他人様のことに違和感を抱いたり心配するより、自分の似た頭の上の蝿を追わなくてはならない。
斯くして、われは随分と自由になったが、もうひとつポイントがある。
読み込みを絞った上に、書き込みも最小限に絞った。
どうしても言っておきたいことは書き込むが、他人様の目もあれば、先様の自由度の問題もある。
従って、このように自分のblogで言及しておけば、ご縁があればつながる、なければ繋がらない。
それがいい、それでいいのではないか?
医療者のネット知己が、友人の治療費問題で、今後の財政問題をからめて、制限的方向な流れを已む無しのニュアンスで応えていたが、こうでない頭が化石化したご仁は唯我独尊でこちらもつまらぬアジや嘆息に付き合わされる。
そういう意味で、交流ゲートを絞り往来を良質にすることは、環境整備に重要。
介護の離職率問題もシェアされていたが、単に経済的問題だけでなく、虐待などにみられる仕事そのもののやるせなさ、難しさがあるだろうと、ここにコメントする次第。
浮いた時間をネット環境の整備や手足を使った掃除その他の家事作業療法に使い、肝のお付きあいには真剣勝負に臨む。
ホマチ金あさりを2ちゃんねるにキモいと嘲弄されるなど、われには想像外だが、現実にはあるのだから他山の石にせねばならぬ。
狭いfollow範囲だが、たとえばFacebookとTwitterでfollowし比べると、同じ人でも微妙に発受信が違う。
followするに足る人をfollowする、これ原則。
まあlet it beが好きなので、当面この方向で進む。
happy & exciting~♪
ここに列挙してみると次のようなこと。
第1に、trafficを良質なものにsaveすることで、読みやすくわかりやすくなった。
かかる時間というか、アプリシエイトする時間は変わらないが、焦点をしぼると不本意な関与、無駄なstressが減る。
第2に、間口を狭くして、かつ深くあるいは広く浅く渉猟してみると有り体のところにバチっとはまる。
今回の新機軸に至ったepisodeも、そこそこの伏線があって、従前からどうも違うというテイストが続き、閾値に達して一気に排膿というパターンで成る程に至ったのだが、反省点は少なくない。
セクトカルトごろつきはどこにでもいて、その違和感を解消するためにぶつかり稽古するのも悪くないが、リスク、時間、手間、無駄を考えれば、さっさと情報収集してしまえばまあ間違いのないだろうの俯瞰図虫瞰図を得ることができる。
今回も某板でどういうわきかたをしている人間関係かと見れば、ずばりこりゃおぞましいと一目瞭然だが、自分の五感第六感で当ててみたいという志向がチョイと災いしたかも。
勿論、こうは思えど、二次情報よりも、自らの生の体験が貴重で全てに省力発想するのは、実に危険とも思っている。
第3に、ネットだけでなく、何についても、じっくり考え、あるいは手足を動かして一時はすっかり忘れないと、アディクション的に振り回されるは、表層的なあるいは教条的な思い込みに苛まれる危険が大。
昨日縁切れしたご仁にも、そういう違和感を深めたが、他人様のことに違和感を抱いたり心配するより、自分の似た頭の上の蝿を追わなくてはならない。
斯くして、われは随分と自由になったが、もうひとつポイントがある。
読み込みを絞った上に、書き込みも最小限に絞った。
どうしても言っておきたいことは書き込むが、他人様の目もあれば、先様の自由度の問題もある。
従って、このように自分のblogで言及しておけば、ご縁があればつながる、なければ繋がらない。
それがいい、それでいいのではないか?
医療者のネット知己が、友人の治療費問題で、今後の財政問題をからめて、制限的方向な流れを已む無しのニュアンスで応えていたが、こうでない頭が化石化したご仁は唯我独尊でこちらもつまらぬアジや嘆息に付き合わされる。
そういう意味で、交流ゲートを絞り往来を良質にすることは、環境整備に重要。
介護の離職率問題もシェアされていたが、単に経済的問題だけでなく、虐待などにみられる仕事そのもののやるせなさ、難しさがあるだろうと、ここにコメントする次第。
浮いた時間をネット環境の整備や手足を使った掃除その他の家事作業療法に使い、肝のお付きあいには真剣勝負に臨む。
ホマチ金あさりを2ちゃんねるにキモいと嘲弄されるなど、われには想像外だが、現実にはあるのだから他山の石にせねばならぬ。
狭いfollow範囲だが、たとえばFacebookとTwitterでfollowし比べると、同じ人でも微妙に発受信が違う。
followするに足る人をfollowする、これ原則。
まあlet it beが好きなので、当面この方向で進む。
happy & exciting~♪
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