2016年9月8日木曜日

台風崩れ

低気圧に化けた台風崩れで雨降りがしばらく続きそうだ。

針仕事と待ち仕事を済ませて、早寝したら、夜中になる前に目覚める。
建具屋さんに家具の建付けを調整していただくのを待っている間に、youtubeで聴いたラジオ番組のフレッシュアーカイブの話題について書いてみよう。

女性アナウンサーが、小さな揺れでエレベーターが停止しかけてハッとした話だ。
階の途中で止まって閉じ込められることは免れ、直近の階に止まってくれて外に出ることが出来たが、このまま閉じ込められたままになるかと怖かったと漏らしていた。
すると、他の出演者が、このところの一般家屋も核家族で各人が小部屋に過ごしていることが多く、規模が一定以上の地震に襲われると、一瞬で建付けが悪くなり、ドアや窓が開かなくなり、部屋やバス、トイレなどに閉じ込められるリスクが少なくないといわれていることを指摘していた。
特に、このところは、防犯のため、窓などをガラスの割れにくい金網編み込みにしていたり、外から窓を割って侵入しにくい構造にしているところも少なくないが、被災したり、閉じ込められたリすると、今度は内から窓ガラスを叩き割って脱出するなども困難になる。
地震などでは、電話も途絶したり、レスキューに来てもらえにくくなったりで、家の下敷きにならなくとも、大変危険な状態に陥る危険がある。

こういうことは方々にある。

ICT利用でも、ハッキングなどを防ぐためにパスワードの扱いを複雑にするように求められたリする。
それに納得して呼応して、パスワードを忘れたり、自動入力の方法が壊れて、他人様が入れないのはいいが、本人もエントリーできなくなって、大騒ぎすることなどがよくある。

銀行の個人認証もさも似たりで、自分がけがをしたりで、生体情報がゆがみ、預金が降ろせないなんてことも起こる。

様々な領域のサービスが梗塞する。
質の向上やコンプライアンス、倫理の確保が声高に言われて、クライアント予備軍の「結果に拘泥して後でクレームを入れません」といった申し入れやお願いも、「お客様はよくても後にご家族や世間、お上から御叱りを受けるので、出来ません」というあしらいが増えている。

最後は自己判断、自己責任でやらなくちゃどうにもならないというのが、昔でいう弱肉強食や個人主義的偏奇でなく、時代のバックグラウンドに合わせての発想に転じて自分自身で果敢に動かざるを得なくなってきている。



ものの進め方

今日のテレフォン人生相談は、20年前に知人におごってもらった酒代を、その知人を世話をしているという人士から返してやってくれないかと欺罔か恐喝かわからないが迫られている男性の法律相談だ。
回答者の大迫弁護士女史は、男女問題などでは男性に厳しかったりするが、今日のようなシンプルな債権取り立てをよそおった詐欺っぽい事件には、贈与で債務なし、債権特定なし、時効を挙げて、気持ちよくアシストしていた。
こういう人士には、近づくとやばいので、あずかった書類なども書留で郵送すればいい。
万一筋悪事件を引き受ける弁護士などがいたり、あるいは本人訴訟で、訴状でも来たら、上記の否認や抗弁を記載した答弁書を提出すれば、相手が勝てる見込みは乏しいとの、普通の弁護士ならだれでもこういうだろうといったインストラクションだった。

世も無理無体でフーリガンを敢行するこういう連中も増えて、「善良な」小市民は当惑することが少なくない。
敢然と自己防衛を実行する際は、善良な小市民など貫徹できない。
また、そうすべきでもない。
文字通り敢然と自己防衛の立ち居振舞るまいをしなければならない。

ところで、建具屋さんの修理スタッフが、来られる前に、シャツのボタンを縫い付ける。
わんこが小さいころに噛んで、半分になったり、ボタンが取れてしまったものだ。
二着分補修したかったが、一着分のボタンしかなく後に先送り、あとは庭と玄関の掃除でウェイティングタイムを過ごす。

ひとつひとつ緩急や過不足を確かめながら進める。
仕事もプライベートも、天下国家もみな同じ。

少々のバリアーは、クリアーしたときの喜びに転じる。
また愉しからずや。

一期一会

業務でもプライベートでも、世の転変の速さを感じる日々である。

サービス提供者としても、消費者としても、この時代の相は顕著である。

昔は、こういうことが出来た、今はできないということが多い。
システムが次々と改変されるので、商品やサービスが瞬く間に変わってしまう。
技術革新や、やり方の栄枯盛衰も足がはやい。
すぐに「そんな時代もあったね~♪」となる。

加えて、コンプライアンス問題や、責任は重くなりながらコストは割れる、担う個人や組織もいつまでもつやら、あるやらわからない。
政府の倒産統計に出ない、こういったこんな時代の流れに愛想をつかした、特に潰れるといった感じではない形の自主廃業なんぞも少なくない。
近所のシャッター街的風景も、そのような雰囲気で実質的に店を畳んでいるらしいとの話がわんさとある。

質の向上のスローガンの一方で、経営する苦労ですりきれるより、年金や今手じまいして残るサムマネーで余生をしのごうとするのは、ある種の賢明さでもある。
実際に無理してヘタをうてば、倒産どころか、途方もない社会的指弾を受けたりする。

このところいろいろな業者さんに諸々の依頼を試みると、ブラックでない、まともなところほど、能書きが長く分厚というか、インフォームドコンセントをしっかりと形成しようとして、更にこちらに相手にしてはならないと判断される節があれば、上手に敬して遠ざける方針の応対を受けることが多い。
企業も、客の無理を聞いて、小さなトラブルででも炎上させられたり、大きな被害が生じて、経営が続けられない事態が生じたら困るという算段が優先する。

クライアントも、このような時代を意識して、もし望むサービスが提供されなくなったら、どう河岸を変えようか、どう接ぎ穂しようか等々の算段を胸に、サービス依頼を設定する必要がある。
先日も、ある金物屋さんで、ちょっとしたモノの取り付けを打診したら、「ちょいと前まではやってましたが、その作業提供を続けるのに困難な諸般の事情もあって、いまはできないとお断りするモードにしています」と謝絶の言葉をすまなそうな物腰でいただいた。
上流からの物流確保の具合や、同業との競争激化、アフターサービスの大変さ等々を考慮して、自主的にその扱いをしない方針転換をしたようだ。

情報社会がすすみ、管理社会がより強化され、うまくいけば「何でもできますよ」といきそうな面も進む一方で、災害やアクシデントでハングアップするようなところまでいかなくとも、このようになかなか消費者が望むサービス提供にアクセスしにくい側面も大きくなっている。

そう考えれば、そのときそのとき何とかしつらえた解決策も、一期一会であることをしっかり踏まえる必要がある。
また状況が変われば、リシャッフルして、河岸を変えたり、発想を変えたりして、なんとか自分自身をハブとしてマイ企画を再構築する覚悟や準備も必須になる。

一期一会と昔から言われてきた、ものの成り立ちやその後の推移についてのこの諺も、今風にちょいとバックグラウンドやスピードが変わっただけのことかもしれない。
生きていること自体が一期一会であることに思いを馳せれば、生きているだけで大儲け、往けば重荷は即時解除と無常を悟るのがよろしいのだろう。

2016年9月7日水曜日

ポイント、ポイント

暑さも和らぎ、やっと自動車保険の更新を完了した。
更新日を徒過すると大変なことが起こり得るので、気にはしていたが、暑さの日々はスーパーに30分以下の駐車で車内の状況は即席で熱中症に陥りかねない状況だったので、代理店に赴くのも一苦労で、やっと秋日和の今頃になってしまった。

ネット環境の補修にも奔走しているが、ネットワーク環境は自分ひとりでどうにもならない部分があって、日々一進一退を繰り返している。
まあ、こういう作業が、防災訓練もどきになっているので悪くはないと諦念している。
自分の危機管理リテラシーも伸長する機会にもなっているので、大変な無駄や困りごととゴチるだけではなく、一種の研修もどきと甘受している。
ありがたいと思いはしないが、コンチクショーめってばかりではない。

いまの時代、担当者もそのときそのときの一期一会、アドホックに輾転とし、コンピューターに記録が積み重ねられるケースがほとんどなので、意識は個別具体的な担当者に訴えかけるだけでなく、どうアーカイブを作ってもらうかの探索作業になる。
この辺りの鍛錬が、このところの課題でもある。
こういうことは、己ひとりのシミュレーションと、担当者相手の自分の絵図の妥当性の突き合わせが肝になる。

そんなこんなをこなしつつ、まずまずの進展を享受できている。
昔、底抜け脱線ゲームなる番組があって、ジオラマを電車が一回りする間に課題作業にトライし、遅れると要所に置いた風船が破裂する、その風船を破裂させないで課題を完遂できるかどうかをスリリングに視聴者が鑑賞するのが流行った。

最近の日々をこのようなゲームに模して奮闘している。
観ている段にはスリリングで楽しくもあったが、自分でやる方に回ると、そう面白いものでもないが、、、、。

業務さまざま

人の利用可能時間は一日24時間。
大統領や首相から企業トップから、われわれ民草まで皆同じ。

わが人生を思い返しても、若い頃は何だかんだと必死に忙しがってその日暮らしだった。
いま人生のトヮイライトで、特に追いまくられる所作はずいぶんと減ったものの、日々ベストエフォートで腐心する課題は大きく変わったわけではない。

人生の基本は、健康8割、サムマネー2割。
これは老若男女、上下左右で変わらず。
もちろん、諸行無常で、日々具体的問題は転変する。

安全率をそれなりに見込めば、また目配りを十分に行えば、そうギリギリの苦境ということは頻繁には起こらない。
いまもネットワーク機器のメンテに奔走したり、具体的に動く手段の車のメンテを考えたり、はたまたひとときの趣味の拡張のための新展開等々に一日を使っているが、まずまず的は射ているように自己満足している。

最後は一期一会、陽明学や朱子学のよきところや隘路の積極的受容、すべからく人生万事塞翁が馬。
このまま、これらを続けるのがよしと、リフレインしている。

2016年9月6日火曜日

近況miscellany

blog再開、ささやかな読者諸氏との再会を機に近況報告に及ぶ。

このところ光の通信支障に翻弄されている。
キャリアにモデムもどきを交換してもらうが、容易に疎通性向上に及ばない。
ベストエフォートといえど、ベストとも言えないピットフォールにはまった状況と推測している。
真摯にコミュニケーションを求めてくださる方に支障が及ばないように腐心を続けている。

考えてみれば被災やアクシデントで、常態と信頼しているインフラが一瞬で梗塞し、自由が拘束される。
今回のトラブルもそういうことを教えてくれた。
だから、業者の免責とは違った意味のベストエフォートの自己点検に励まなければいけないと感じた。

いまのところ進んでいる方向性は間違いないと思っている。

miscellanyという割に単テーマだが、そのうしろにはいろいろあり。
ぼちぼちと広げて開陳していこう。

再会の日

久しくホームページに公開しているblogを実質休止状態にしてしまった。

SNSその他の場で、隠れ家のようなblog発信は続けていたが、やはり自分がスタートしたホームページのblogをサスペンドしてしまうのも片腹痛い気がする。

この領域の談話を志した初心を思い出し、SNSほかにUPするblogとは一味違うコンテンツを披歴しようと再スタートを決意した。

この時代、縦横無尽に思いのままを展開できることなどない。
しかし、韜晦に、あるいは大胆に、己の思うところを開陳すれば、荒れるコメント放置することのないように絞っても、メールその他で相互のコミュニケーションは可能である。

ということで、久しぶりの走りだし、よろしくお願いします。

もちろん、従来どおり身辺雑記を通しての葦の髄からゆえ、その辺りよろしくご了解ください。